映画 「青いパパイヤの香り」1993

電子うさぎ

電子うさぎ

時間を超えて何度も観てしまう映画。

音を消しても、元々セリフがほとんどないので、どちらでも楽しい。

この映画を見る度に、「ああ、話さなくても良いんだな~」と気が楽になります。

弾丸のようにしゃべり倒すより、私は口を閉じている方が楽です。人や動植物が話をしているのを聞いている方が楽。

でもしっかり聞いて、必要な事だけを口に出します。


こんな風にブログで沢山の文字を使っていても、日々の生活でそこまで話すという事はほとんどありません。


しかし、なんでしょう、この映画は実際のベトナムではないような気がします。
(きっとネットで調べれば映画の背景を知ることが出来るのでしょうけれど、映画はその作品だけを純粋に楽しみたくてほとんど調べません)


なぜ、この映画が好きなのか・・・

私の幼い時を思い出すからかもしれません。

私も主人公のように幼い時から普通に家事をやっていましたので、全く違和感がないというのもあります。

それが今現在では虐待と言われていますが、主人公の女の子の日常生活が私の幼い頃の生活とまるで同じなので、ホッとします。

同じ目線で見た世界を見ると気持ちが楽になるという感じでしょうか。

私も、家事が済んで、テーブルには付かずに、床に座って椅子の上にお皿を並べて食べていたので・・・(その時は、それが当たり前だと思っていました)


この映画を観た後に、ふと立ち寄った場所で映画の中で出てくる器を見つけて買ってしまったりしました。日本で購入しても高くても¥150位でした。

今では、ベトナムの食器といえば、とても綺麗なお花の模様が書いてある唐草模様に似た装飾の物を日本で見かけたりするのですが、映画に出てくる簡素な器を見かけなくなりました。

素焼きの器に単色か、多くて二色の手書きの装飾の器は青い野菜が本当によく映えます。

しかし、何枚もあった器もいつの間にか数枚にまで減ってしまって、普段使うのが惜しくなって、今は大事に仕舞ってあります。
本来なら、器ですから使わなくては勿体ないのですが・・・

vetnam.jpg
(ベトナムの食器・ソンベ焼き?)

ヴェトナムの方々のベトナム料理屋さんは、好きで通っていたこともあります。
でも「パクチーを入れないでください」と頼む迷惑な客でございます。

この映画を観てから、自分でヴェトナム料理を作るようになりました。
生春巻きや、少し酸味のある魚介類のスープ、フォーなど、簡単な料理があって作っていても楽しく感じます。
バナナの天ぷら?は、自分では作ったことが無いのですが好きです。



この映画の中の主人公のように、微笑を浮かべているのは確かに仏像が浮かべている表情なのだと思います。

その表情は、笑うのと無表情の中間なので、不思議に思う民族もいそうですが・・・

不思議と、私も辛い時でさえ無表情と笑顔の中間をしているように思います。

声を挙げて笑いすぎると疲れますし、無表情でいると「怒ってる?」なんて言われますので、無駄な敵意を向けられないように「こちらはあなたに敵意を抱いていません」という時に自然とその表情になってしまうようです。


漫画でマスター・キートンというのがあるのですが、その中で「東洋の女性のアルカイックスマイルに魅せられた男性」が出てきたりします。

確かに、日本国外の西洋文明の中に入り込むと、私の表情もアルカイックスマイルではなく、ハッキリとした笑顔になることが多いのですが(写真を見ると、相当な笑顔です)、それでも無意識で撮られた写真を見ると微笑を浮かべて遠くを見ていたりして、その時のシャッターチャンスを狙った西洋の人が私の東洋的な表情が珍しかったのだろうと思います。


映画「青いパパイヤの香り」で、常に微笑にこだわりを見せているところを見ると、どうも、監督さんは西洋の人なのではないかな?と思いますが、どうなのでしょう。

映画の中に流れている効果音が、静かな生活の中に在っては不協和音に聞こえる時もありますし、前衛音楽のように感じる事もあります。

この映画を見る度に、効果音が違って聞こえるというのも、何度も観てしまう要因ではないかと思います。

見る度に違った思いを抱く映画は何度観ても面白いです。

関連記事
最終更新日2018-11-26
Posted by電子うさぎ

Comments 0

頂いたコメントは公開しておりません。

+++コメント・メッセージ・感想はコチラへ+++

頂いたコメントや感想は、表示いたしません。
ご自由にご記入くださいね
(すみませんが、お返事はしておりません)