+ シンデレラと小公女と虐待

電子うさぎ

電子うさぎ

24時間じゃ足りないなあ・・・

「なんでだろ?」と思って、幼稚園を含めた小中高まで、実家にいた時のタイムスケジュールを書き出してみました。

「え・・・?こんなにギッシリ書いても書ききれないほどの緻密なスケジュールだったの?」と、一枚のノートを眺めながら、自分で呆れました。

書き出してみるまで、その生活の行き過ぎ加減が分かりませんでした。


あまりのギッシリ過密スケジュールに驚いたのと同時に、ギッシリ過ぎて面白かったので、夫に「ねえ、あのね、このタイムスケジュールって、まだまだ書ききれないんだけど、多いと思う?私は、ちょっと多いと思う」と見せてみました。

夫は、そのノートを見て、「オニババア・・・」と。
(夫はいつも、簡潔にズバッと言いますな)

で、夫は続けて「お母さんは、何をやっていたの?」と聞いたので、「う~ん、洗濯機のスイッチを押した所を見た事があるよ」と、本当の事だけを言ってみました。

なぜかその後、私は頭を撫で繰り回されたのですが・・・
(「撫でくる」って方言かもしれません)


私は「余暇」というものがありませんでしたが、今も、その当時の24時間スケジュールをこなせない事が悔しく思っていました。
が、しかし、どうやら「働きすぎ」だった模様です。


中学に入ってから高校卒業までは睡眠時間は3時間あれば良い方でしたし、その後進学したら、「睡眠時間を2時間を確保しなければっ」という感じでした。
寝てると蹴られたり、大声で用事を言いつけられたりするので、次第に「どこでも眠れます。家族さえいなければ。でも、怖い夢を見るからな~、どうしようかなあ?」と思っていました。

私の周りはバブル経済という時期だったようですが、バイトに明け暮れて、サッパリ付いていけない感じでした。

しかし、驚いた事に、バイトをして働くとお金がもらえたのです。

実家で朝から深夜まで働いても一銭も貰えなかったのに、バイト先に行って、仕事をするとお金がもらえるなんて、天国です。
しかも、仕事が終わったら「お疲れ様~」って言って貰えるなんて、天国です。
(私は、「お疲れ様でした」は、言うだけの物だと思っていました)

いやはや、仕事をすると、お金がもらえて、贅沢をしなければ食べたいものを食べられて、食べている間は文句を言われず、怒鳴られず、ネチネチ嫌味を言われず、後ろから蹴られる事もなく、両親の怒号が飛び交う事もなく、身の危険を感じないで過ごせる時間だったんですな。

でも未だに、誰かと食事をするのは苦手ですが・・・


ブラック企業にお勤めの方は、食べていけるだけで充分なので、どうか、心と体を大切にしてくださいね。
そんなところより、命の方が大切ですから。


私は、プライバシーという言葉は知っていましたが、その概念がよく分かりませんでした。

実家にいた時は、私の持ち物であったはずのものが、次々と消えていました。

私を除いた家族4人の全ての物を把握していなければならなかったのでした。
・・というのは、「電子うさぎっ、あれ持ってきて」とか「あれは何処にあるの?」と、各々の持ち物の場所を覚えてないと渡せないので、覚えていなければならなかったという背景がありました。

聞かれて答えられなければ、罵声を浴びるか、蹴られるとか、物が飛んでくるとかですね。嫌な目に遭うので、一度見たものは全て覚えるという技を手に入れました。

私の物はありませんが、家族個人、各々の物は、各々の物で、各々が確保しているのです。
それがどういう事なのか、理解できないままでした。

でも、どうやら、自分の物やお金を盗まれたり、勝手に使われたり、壊されたら怒っても良いらしいのです。
(夫に聞きました)
これには、ビックリしました。


感情のゴミ箱であり、サンドバック&実家の女中&雰囲気を維持するための「笑いもの」とか、役割がいくつかありました。

一家に一台、気が利く女中ロボット。壊しても殴っても構わないよという子供。



そんなこんなで、私は「シンデレラ」というお話を図書館で見つけた時に「え?なんで私の事を知っているの?」と思いました。

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ただ、シンデレラは、末永く幸せに暮らしてないかもしれないなあ・・・と思います。

なぜなら、虐待されてて、いくら強く生きてても「普通が分からない」というハンデを負ってます。

それに、上流階級の事は本を読んだだけで全く知り得ませんが、あの世界は魑魅魍魎がうごめいていて、虐待どころの話ではなさそうです。

嫉妬・ねたみ・恨み・憎しみ・見栄の張り合い・非情なる競争・姑息な人も多い世界です。

実家の虐待よりも、また一味違った世界だと思いますので・・・。


シンデレラを見染めた人が王子様ではなくて、一般庶民の人だったら良いかもしれません。

夢をぶち壊してしまいそうなので、そんなことは口に出せませんが・・・。

それでも、シンデレラや小公女を読んだ当初は「物語の中に二人も幸せになった人がいるんだから、私も大丈夫に違いない」と、夢見がちになっていました。
(今でもそうですが・・・)

シンデレラは、元々、比較的幸せな生い立ちを持っています。

でも、小公女の主人公であるセエラは、元々親とはあまり接点がないのですが、物語が始まってすぐに、ほぼ「全員敵」になります。でも、優しい友達は居ます。

「小公女」は、何度も読んでいます。
文化的・歴史的背景は多少置いておいても、主人公の女の子が「自分の作った想像の世界を大切にする」という力で生き延びているのが、自分と重なったからです。

想像力だけでは、辛すぎる過去を美化したり流したりは出来ませんでしたが、辛くても悲しくても絶望しても自分の魂の核だけは守れたように感じます。


そういえば、猫さんにも童話をよく読んであげてました。
(読んでいる間に眠ってしまっていましたが・・・。眠っている子供を叩き起こすという事は思いつきもしませんでした)

私は虐待されて、人間の子供を授かる勇気が無かったのですが、種族が違おうと血のつながりが無かろうと、出逢った命の大切さに変わりは無いと思っています。


暴力のない世界で育った人と、暴力が当たり前だった人ではシンデレラのお話の続きが違うのでしょうか。


(シンデレラのお母さんは、継母ではなく「実の母親」だと思います。でも、実の母親だと、世論が出版を許さなかったのではないかな?と思います。)



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最終更新日2018-11-26
Posted by電子うさぎ

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