映画「ベネチアで会いましょう」

電子うさぎ

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ドイツ語・イタリア語・英語が飛び交っていて、それだけで楽しかった。

なんかどこかで見た感じの人だなあ・・・と、思いながら見ていたのだけれど、「バグダッドカフェ」と「霧の中で散歩」の出演者たちだったので、いい役者さんは、年齢を重ねれば重ねるほど味が出てくるなあと感嘆しきり。


私が減薬をしているという事は、今も精神科と関わっているという訳で・・・

この国に住んでいると、自分が服薬している事自体に負い目を感じる。


今では「統合失調症」という名前になった精神疾患名は、以前、精神分裂病や、若年性アルツハイマー・若年性痴呆症と呼ばれていた。

今では、認知症と呼ばれているものは、アルツハイマーや、痴呆症、ボケと言われていた。

名前を変えただけで、「人にラベルを貼って排除する、もしくは、ラベルを貼る事によってその個人の存在をその言葉一言で説明してしまう危険にさらしてしまう」という、非常に気持ちの悪い事をし続けている精神科という場所が、気持ち悪くて仕方がない。

そのラベルを剥がすには、精神科という場所に関わらなければいいだけという単純な事なのに・・・

私はどうにもならなくなって、あの精神科の真っ黒な門を自分でくぐってしまった。


後悔というより、常に、「あの時、眠れないと言わなければ。あの時、精神科にさえかかっていなければ・・・」と思う。


今では、発達障害という日本語もできた事だし。それって、「成長不具者」という意味の英語を耳触りの良い日本語に直しただけの、差別用語にしか聞こえない。


こういう風に考えが嫌な方に嫌な方に行ってしまう。

減薬は進むのだろうか。

断薬はできるのだろうか。

そういう不安を一時でも忘れるように、映画は欠かせない、いい意味での刺激になっています。

薬物依存症である自分を責めながら減薬するのは、本当に厳しいです。

でも、自分でまいた種なので、自分で自分を助けます(自助)って、当たり前ですけれど。


とにかく、紆余曲折を経ながら、一日に飲む薬の量が減ってきているようで(グラフを見ると滅茶苦茶な減り方をしているけど、薬が大量に余っているので、実感としてそう感じます)、時々ホッとしています。

減薬を進めている期間中に、瞼がピクピクしちゃう痙攣も無くなったし、口の渇きも無くなりました。
喘息も嘘のように消えてしまった。
頭痛もしなくなった。
聴覚過敏も収まりつつある。
眩しさもあまり感じなくなってきた。(LEDの光が体に刺すような感じでした)

何よりも嬉しいのは、眠れるようになってきた事と、恐夢を見なくなったこと。
起きた時に、恐怖を感じて飛び起きなくてもよくなってきた事。

体が動くようになってきた事。

それだけは、自分が体験している本当の事。

若い時、「鬱は心の風邪キャンペーン」の頃、私がまだ精神科に足を向けていない時、精神科医と飲む機会も多かった。
彼らの口から飛び出す患者に対する罵詈雑言は恐ろしいものがあった。
「目の前の患者を殺したくなっちゃってさあ~、それを抑えるので必死よ、俺ってえらいでしょ~」「あの患者がうるさい事うるさい事、ねえ、聞いてよ~・・・」「薬を飲ませておけば静かになるからさあ、黙らせるには薬で抑え込むのが一番だよ。はははっ」とか、グデングデンに酔っ払って誰彼かまわず絡む人が多くて、辟易した。
私は、全く飲めない(アルコールを摂取すると、ほぼアナフィラキシーショックになる)ので、聞いていただけだけど、しらふで聞くには堪えられなかった。

ネットで「いい精神科医もいる」という言葉を見る度に、「一度、身分を隠して彼らと飲むといいのに」と思う。

あの人たちだけが特別変な人たちだったわけじゃない。

どの精神科医も、まあ、大体同じ感じだった。

家族に見せる顔、医師として仕事場で見せる顔、友人か知り合いに見せる顔、同僚に見せる顔、患者に見せる顔、そして、身分を隠して酔っ払った時に見せる顔・・・

彼らも、そうとう滅茶苦茶で、さもしい感じがした。

精神科という場所は禁忌とされている場所なのだろうか。確かに、一生関わらない方が良い場所でもあるのだろうな・・・。

中にいる医者も、看護士さん達も、そこに来る人も、とっても疲れている事だけは共通しているのではないかと思う。

医師も狂いだすし、そこに入院すると、確かに非日常的な体験が出来てしまう。

虐待もドラマや映画や本で描ききれないような惨状なのだけれど、私はその環境に慣れてしまっていたから、閉鎖病棟に数か月いた時には「こんな安全な場所は無い。母親に頭を蹴られて起こされるという事もないし・・・」という感じでした。

(「どうせ、もう薬も飲まなくなるもんね」と思っていると、なんだか安心して色々な事を思い出せるようになってきました。関わっているほぼ全ての人の何かが狂いだすのが、精神科という隔離された場所なのかもしれません。私の感覚はきっと狂っているだろうけれど・・・)


福祉の関係にいた時に、その頃はまだ「利用者さん」なんて言葉も無かった。

福祉関係者は、今で言う利用者さんに対する悪口雑言を吐き出していました。
私は長期間、その場にいる事が出来なかった。
彼らの「障害者に対する偏見と差別と侮蔑と優位に立っているという歪んだ感覚」に対して無言でやり過ごすしかなかった。
本当に、聞いていられなかった。

精神科医療の現場の人、福祉の現場の人の気持ち悪さを感じて、そこから逃げるためのお金を用意する前に、私は倒れた。

元々眠れなかったものが、どうにもならなくなった。


そういう時に、映画は本当にありがたい存在だった。


映画「バチカンで会いましょう」みたいに、何の脈絡もなく、なんかゴチャゴチャしている間に終わっちゃう、少しホッとしながら見る事が出来て、毒のない映画に救われる。

いろんな国の言葉で各々が話しているのに、なんとなく相手に伝わっちゃうという事が実際にあるから、なんかホッとする。

ホッとしなければやってられない減薬も、やっぱり映画に助けてもらってる。


邦画「昼顔」を録画したものを見た時には死にたくなったけれど(ホラーすぎる)、そういう映画は極力避けて、あっけらかんとしている雰囲気の映画を味わえるだけで、本当に助かる。

それにしても、映画「バチカンで会いましょう」に出てくる、ロレンツォの正体が全く分からない。「でも、こういう人、本当にいるんだよな~」って・・・。
普段何やっているのか分からないんだけど、何にも困ってない人。
どうやって食べてるのかとか全く不明なのに、本格的な自由を満喫している人に出会うと楽になる。
なぜか日本にはそういう人があまりいないような気がする。

ここの土地柄からもしれないけれど、それでも、「何やってるのか分からないけれど、結構楽しくやっている人」がかなりの割合で多い。

そういえば、私もよく言われる・・・・

「何やってる人?」

答えられないなあ・・・


にやにや笑って「ボヘミアン・・・」と言われて、心の中で「それ以上的確な言葉はないよ。流浪の民だよ」と、ぐうの音も出なかったまま、そのまま生きている。
(もちろん、言った相手は、私を見て呆れて言っただけ。言った相手の方が自由人で私は足元にも及ばないのに。どんだけだよ)

眠剤なんて飲まなくてもいい暮らしの方が楽に決まってる。

「糸が切れた風船」とか「飄々と生きている」とか、「根無し草」とか、「地に足がついていない」とか、私の本質を言い当てる人が多すぎるんだよっ。

ただし、寅さんほど家族思いでもない。t-giga17.gif




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最終更新日2018-11-26
Posted by電子うさぎ

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