+ 悪い意味で「変わってないなあ」

電子うさぎ

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東田直樹さんの本を数冊読みました。

全ての出版物を読んでいないのですが、2007年・2010年・2013年発行の三冊は読みました。

本の題名に「自閉症」という言葉が、なぜ含まれるのかを理解していなかったのですが、どうやら、「自閉症」を売りにしなければ本が売れないという出版社の苦肉の策ではなかったかと思います。

この3冊を読んでみたのですが、最初の一冊は「おおっ。これを書いたのは誰だろう?東田直樹という作家は次に何を書くんだろう?」と思いました。

文章を書くのに年齢は関係ないですから。


でも、せっかくの鋭い感性が鈍り始めるんです。

「自閉症」「普通の人」という言葉が頻繁に出てきはじめると、におうのです。

このにおいは、私は結構苦手なにおいでして・・・

(匂うというのは、その場の非常に特殊な雰囲気を強烈に感じた時)


「自閉症」と「普通の人」を、「障害者」と「健常者」という言葉に置き換えてしまうと、どこにでもある「福祉の世界の匂い」に満ちはじめてしまいます。

せっかく、東田直樹さんが、非常に鋭い視点を持って言葉を繋いでいく作業をしているのに、同じ匂いになってしまう。

「障害者」と「健常者」という枠組みによる区分けが、そのままずっと残っているのだなあ・・・

悪い意味で変わってないなあ・・・と、思います。


福祉関係者と障害者の橋渡し役をやっていた時、「健常者」と「障害者」の間の底の見えない亀裂にゾッとし続けました。

「なんで対立しようとしているんだろう?」という素朴な疑問は解消されないままです。

でも、どっちも「自分が特別」と思っちゃってるところでぶつかっていたように感じます。


障害者と福祉関係者の中間にいると、そのどちらにも深く関わらなければなりませんでした。

障害者には、「障害者様」と接しなければ罵詈雑言が飛んできますし、「お前は差別主義者だっ!健常者の癖に!」と驚くような暴力的な言葉を浴びせられます。

福祉関係者には「カワイソウな人たちを面倒見ていらっしゃる凄い方々」という接し方をしなければ「何もわかっていない」とか、「面倒を見てやっているのはこっちなんだっ、俺たち/私達を甘く見るんじゃない」とか、優越感から来るであろう上から目線に、ほとほと困りました。もちろん、障害者の悪いところを論うのを前置詞のように使う人達でしたが・・・。


結局は、「どっちも悪くないでしょ」です。

誰が、「障害者」と「健常者」という区分けを発明したのかは大体想像がつきますが、ハッキリ言ってそんな区分けは必要ないだろうと思っています。

障害者というだけで、作業所(という場所がまだあるか分かりませんが)で、国が主導の「最低賃金」よりずっと下回る時給で働いてもらうという無謀ぶりに驚きました。

そして、福祉関係者に課せられた「障害者に対してのサービス及び支援」というのでしょうか、ある種の「これをやらなければいけない」という押し付けは、一人では到底こなせない量なのに、やはり、賃金は低かったです。
(役職についている国や市町村の福祉関係者は、何もしなくても役職に付随してくる階級手当等で相当楽に見えましたが、彼らは現場に出ません)


「自閉症だから優遇して欲しい」は、鼻に付きます。(「障害者なんだから、特別扱いしてよ」は鼻につきます)

分かってよ、理解してよ、大事にしてよ、家族と同じように大切にしてよと、各々から言われた私は、ノイローゼになりました。


福祉関係者から罵詈雑言を浴び続けて(そのころ、ブラック企業という言葉もパワハラという言葉もありませんでした)、頭がクラッシュしました。


まず、障害者という肩書が付こうが付くまいが、最低賃金を守ってほしい。(彼らが自分で稼いで生きていく術を、最初から取り上げないでほしい)

福祉関係者は「面倒見てやってる」という高慢な鼻を自分でへし折ってほしい。


まったく、なぜ対立するような名称を作るんだろか?と思う。

各々の立場で、全く違う主張を繰り返しているという事が分かって、東田直樹さんが書いたその功績は大きい。


私は、東田直樹さんを名前しか知らずに本を読み始めた。

後から、この人の肩書は、作家ではなく「自閉症の作家」という鼻につくものだと知った。


彼が、「作家」になるかどうかは知らないけれど、冠についている「自閉症」というものを取り去ってくれないと、文章が匂う。

作家本人が臭いというのではなく、「自閉症という冠が邪魔」という意味で匂う。


「障害者」を売りにしたら、一生、「障害者を売りにしている作家」という枠からは出られないよ。


がんばれ。

文章は綺麗です。感性も素晴らしい。

身、一つで自分の道を切り開け。


「自閉症」とか「普通の人」という概念を取り払え。


作家は概念を壊したところで芽が出る。

常識を飛び越えたところに、作家が生きる場所がある。

「普通の人」「みんな」と違う視点を持ち続けられる人は、そう多くはない。

作家は、その仕事中、非常に孤独だ。チームワークで相談しながら自分の言葉を文章にして書くわけではない。(脚本は、チームワークだったりすることもあるけど)


私は、作家である東田直樹の、その感性を読みたい。


がんばれ。

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最終更新日2018-11-26
Posted by電子うさぎ

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