+ 猫さんと生きる

電子うさぎ

電子うさぎ

ついこの間、かな。

気が付いたんです。

「猫さんは死んだ。猫さんはもういない。だから乗り越えなくちゃだめだ。受け入れなければいけない。」と、自分に言い聞かせていた事。

ペットロスなんかのネットの情報だったり、リアルで村人以外に話をすると、相手は簡単に「次のを飼えば?」とか言います。それに関しては怒ってないし、気を使ってくれるその気持ちの方がありがたいですけど、私にとって20年と半年以上一緒に暮らしてもらった猫さんは、取り替えがきかないんです。

乗り越えるとか、受け入れるのは、私みたいなのには無理でした・・・という事に気が付きました。


猫さんと一緒に暮らしているのとなんら変わらない生活をし始めたその日から、心の不安定さが消えてしまいました。

私は、23で自殺未遂に終わった自殺決行後、猫さんと出逢ってから、動物とニンゲンの区別がつかないようになっていました。

「命は生きとし生ける物、すべて尊くて大事」になってました。

猫さんのお蔭で、家の掃除も薬品ではなく、日本に昔からある物(水とか重層とか酢とか、少量のアルコール・エタノールを薄めたもの)で、掃除をすると、体調がよくなりました。

猫さんのためと言いながら、実は恩恵を受けていました。


今は、とても便利な世の中になりました。

私が生まれた1970年代から比べると、天と地の差もあるほどです。

でも、私が生活してきた方法は、祖父母の時代の方法でした。

それらの方法は、幼い時に祖父母をよく見ていたから覚えた方法なのかもしれません。
(父が、きちがっている母親から距離を取るために、私と弟をだしに父方の祖父母のところに私たちを置いて、自由にしていました。女性の影は見えませんでした。本当に息抜きをしたかったのでしょう)

無香料は、当たり前でした。(猫さんに香料の化学薬品の害悪に晒させたくない)
床は薬品で拭かない(猫さんの足に化学薬品が付いて、その足を舐める猫さんが、劇薬を舐めることになるのだから怖かった)
窓も細かく水拭きです(当たり前なのかもしれませんが、ガラス用クリーナーが霧のように舞って、それを吸い込んだり、霧が床に落ちたりしたら、猫さんがその劇薬をもろにかぶってしまいますので怖かった)

とても便利な世の中になったのに、私の生活は、何とも大正から昭和にかけての質素な生活でした。

猫さんを薬品でシャンプーしないで、夏の暑い日は、濡れたタオルでマッサージして、眠ってもらっちゃったり・・・

床には猫さんが歩きやすいように尖ったものを置かないとか、猫さんが仔猫の頃から気を付けていたのは「猫さんが口に入れたら大変なことになる物を絶対に置かない」とか・・・

庭で除草剤を使わないのは、除草剤が微量でも触れただけで劇薬になるからです。なので、除草は今でも人力です。他の猫さんも庭に来ますから、安易に除草剤を使えません。

害虫駆除はクモや鳥やほかの虫に任せてあります。そうすると、除虫剤は必要なくなります。

過保護かもしれませんが、化学薬品を使わない事で、手がかかっても私も病気一つしなくなりました。風邪さえ引かないんです。

猫さんは、元々野生の動物で、私も動物なんだなと思いました。

不思議な事に、「猫アレルギーだから、猫を近づけちゃダメ!」とアトピーの時に皮膚科の先生(恩師)にきつく言われていたのに、猫さんをブラッシングして、自分も化学石鹸を使わなくなったら、アトピーも治ってしまったんです。

アニマルセラピーという言葉も目にしますが、猫さんやワンコを触る事で精神的に安定するというのもあるのでしょうが、免疫力が高くなるのかもしれません。


猫さんが「居る」と思って生活し始めるまで、どうやって生活してきたかもわからない程だったのですが、「居なくなったことを無理やり受け入れる」と言う方が、私の精神は崩壊していきました。

喪の5段階みたいなものもありますが、そういうのも私にとっては押し付けにしか感じられませんでしたし、ペットロスから立ち直るという概念自体に拒絶反応をしていた事にも気が付きました。


そして、ホッとしている事がもう一つあります。

ここは、海辺の田舎です。

「自然の厳しさと共存している強い人たち」が村を作って、村同士で交流しています。

人が人であって、人は自然の中に間借りしている事を知っている人たちです。

沢山の時代の動乱を各々が波の上をうまく乗るように乗り越えてきた人たちです。

そりゃ、最初は私も新参者ですし、よそ者ですから「好奇の目」に晒されてノイローゼ気味になったこともありますが、彼らにしたら「村にとって危険な人かどうか?」は、自然の中で暮らす動物としては当たり前の事なんです。

今は、10年と半年以上ココに居させてもらってますが、とても心地よいです。

そして、私が悲しんでいると、何も言わずに見守ってくれるという雰囲気をひしひしと感じます。「どうしたの?悲しそうじゃないの。何かあったの?そんなのどうってことないよ」なんて、無神経なことを言わずに、会えば「元気そうだね」(心配していてくれるからその言葉が出る。「げんきそうだね」の意味は、「大事にゆっくりね」という意味です。)

そうやって「生きている事を見守ってくれている雰囲気の中」で暮らさせてもらっていると、静かに休めるんです。

空を眺め続けていても、海を眺めつづけていても、村の山に散歩に行って山水が流れているのをじ~っと見ていても、神社にお参りしても、見守ってくれている感じがします。

そういう「もちろん、いてもいいんだよ」という雰囲気は、私は感じたことが無かったので、ありがたいと思うのです。

サイコパス母からの執拗な嫌がらせとストーキング行為で疲れ切った私をそっとしておいてくれるのと同時に、猫さんが居なくなって悲しみに沈んで道を歩いていても、無理に笑顔を作らなくてもいいんです。そっと頭を下げるだけでそっとしておいてくれます。

お蔭で、村に引きこもる事ができています。

(もちろん、村の生活というのはありますが、「無理のない範囲でしっかりやってれば迷惑が掛からないからいいよ」という姿勢でいてくれます)

感情を押し殺すことも必要なく、安心して暮らしてもいいと言ってくれる場所で、猫さんの為と言いながらこの村に移り住んできた私達夫婦に、村の人達は、その人たちにとっては当たり前の生活なのだろうけれど、私にとっては「優しい」と感じます。


夫も私も、大都市で暮らしたこともあります。それぞれ10年ほどですのであまり長くはありませんでしたが。

大都市圏と、田舎という二つを比べるのはどうかと思うのですが、「人が人として生活していける。人が自然の一部でいられる」という場所は、色んな場所に住んだ私たちにとって、とても心地よく、村の行事にも不愉快な感じもせず、「なんか楽しいし、いろいろ教えてもらえて楽しいし、人生の先輩たちの乗り越えてきた懐の広さの中で安心して暮らせる」という感じで、それがそのまま猫さんに伝わっていたと思います。

ニンゲンが小さな命をガス室に送るという蛮行に及ぼうとしたのなら、私は「命を大切にするニンゲン」でありたいと思いました。

そして、それが、そのまま「人を大切にする、自然を大切にするというか、自然の厳しさを受け入れて逆らわず、自然の厳しさを身をもって知っている人たち」の中にいると、「動植物の命を大切にする人間に囲まれている」と感じます。

夫は、この村の近隣の村(といっても、50キロぐらい離れている)出身ですが、夫の名字を言えば「ああ、あの辺の村はその苗字が多いね」で、通じてしまう気楽さもあって、「よそ者なんだけど、近隣の村なんだよね」は、受け入れてもらいやすかったのかもしれません。

夫はここから離れた村出身でしたが、日本の古都に長く住んだこともありますし、大都市圏にも住んでいますし、小都市にも住んだ過去があります。(私も似たようなものですが、日本国外も似たようなものです)

元々そこにいる人たちを尊重して、大事にして、住まわせてもらってると思っていると、どこに行っても「どの人もいい人ばかり」なのは、日本国内国外問わず同じなのだと感じています。


それで、猫さんが「のびのび暮らせるには、猫さんは元々自然界の動物なのだから、そういう村を探そう」と二人で話して、色んな場所に出向いて、猫さんが暮らせる場所を探しました。

猫さんが、この村に来て、この家(もちろん中古)に住み始めたら、明らかに「は~、のんびり~」になってくれて、ホッとしました。

その環境を保つために、この家に怒鳴り込む老人を追い払ったりしましたが(村の人は、元々八分にしていたようです)、猫さんが安心して暮らせるように牙を剥く事はありましたが、自衛のために牙を剥くことは生きていくうえで大事な事なのだと、改めて思いました。

サイコパス母の執拗な精神的虐待が続いて、私は委縮していたし、牙を剥かなくてもいい所で剥いてしまったりしていたのですが、それが必要ない事だと、この村の人達から教えてもらった感じがします。


そして、村のだれもが、私たち夫婦の間には猫さんが暮らしていたという事を知っていて、その猫さんが居なくなって埋葬している姿を見ても、そういう時は特にそっとしておいてくれます。

私は、もう、人間界は無理だと思っていたのですが、人生観が180度変わるほど、の体験をしているように感じています。

それをさせてくれたのが、猫さんです。

猫さんが、ココに連れてきてくれました。

だから、大事なんです。


お宮さん(神社)に必ずお参りしてから山に散歩に行くのも、自然な感じがします。



確かに、大都市圏には何でもありますし、私が居た頃も何でもありました。今は、もっともっと色んなものがあります。

大都市圏とその周辺は、お金さえ出せば、何でも手に入ります。
どこにでも整備された小さな小さな公園があります。綺麗な夜景も闇を覆って大きく巨大に広がっています。どこもかしこも綺麗に舗装されていている場所が多く、歩くにも気を使わずに歩けるように整備してくれてあります。大都市圏から富士山なんて普通に見えます。新鮮な魚介類もお金を出せばいくらでも手に入ります。世界中のお料理もお金を出せば食べられます。飲み物も安いものから高いものまで出すお金によっていくらでも選ぶ事が出来て提供してくれます。
アミューズメント的な場所はお金を出せば無限にあります。暗い界隈も山ほどあります。飲みたければ、お金を出せばいくらでも雰囲気の良い場所があります。高層階に住みたければお金を出せばいくらでも住めます。行きたい場所があれば、お金を出せば電車もバスもタクシーもリムジンも乗り放題でどこにでも行けます。国際空港も滑走路が増えて、お金さえ出せばどこの世界にも行く事が出来ます。
一人になりたければお金を出せば仕切られた空間を提供してもらえます。
お金さえ出せば生まれた時から最高の教育を受けさせ続ける事が出来ます。
そして、頼んだ次の日ではなく、頼んだその日に荷物が届きます。仕事をするにも全てが揃っているので時間のロスが少なかったです。病院も沢山ありますから、救急もすぐそこです。超超超超便利です。
無いものを探す方が難しいです。日本国内外の国籍を問わず本当に様々な人が住んでいます。
それに、女性にとっては犯罪も沢山で日常茶飯事ですし、男性でも危険が沢山で、こちらはお金がかかりません。お金を出せば個人を警備会社が屈強に守ってくれる可能性もあります。
人は自分に無関心ですし、サラッとしています。道端で倒れていてもそのままにしておいてくれます。
電車が遅延しても「人身事故です、少々お待ちください」というアナウンスの後は、何事もなかったとして電車は動いてくれます。人が一人死んだ、自殺したという事も何事もなかったとしてくれる気楽さがあります。人が死ぬより1分でも早く電車を走らせてくれるという仕事をしてくれる人のお蔭で仕事に遅れても「人身事故」という紙を駅が発行してくれるようにすでに用意してくれるという用意周到さで仕事に響きません。
何事にも至れり尽くされで自分の事だけ考えていればいいという気楽さがあります。


でも、なんででしょうか。
そういう場所を居心地が良くて住んでいたのですが、今度は、ココが「居場所・心地よい場所」と感じています。

村の人達とも普通に生活させてもらっているし、村の外から来た人達とも心に力を入れないで付き合える人達もいます。
不思議な事に、一部の人を除いて、みんなとても良い人たちなんです。
それは、ここが海に面しているからなのかどうなのかは、分かりません。

ただ、山間部の村出身のサイコ母の村は誰かが何処かで誰かの悪口を言っていました
(幼いころは、里帰りというと、母親の実家でした。旅の途中でサイコ母がキーキー言い始めるので、すごく嫌な旅でしたが、色んな村があるのだなあという事を知る事が出来て良かったと思っています。その村の人達は、やはり、山に囲まれて、雪も降り積もる場所でしたので、子供の私には楽しい思い出しかないのですが、大人たちは何やら「映画/ゆれる」の舞台みたいな雰囲気でした)


サイコパス母の元に生まれたのが、人生最初のアンラッキーだったとしたら、後は、上がるだけでそれだけで必死でしたが、猫さんが、一緒にいてくれて、今も一緒にいてくれて、私は「生き物」になれたのかもしれません。


私はサイコパスの娘で、自分が猫さんに対して酷い事をしてしまうかどうかと、いつも怖かったのです。

でも、夫が猫さんを大好きで、猫さんも大好きだった。その姿を見て、「穏やかな関係ってこういう物なんだな」って教えてもらえて、私は、幸せです。

何度も何度も「私は虐待していないかな?」と心配して不安そうに聞いた私に、夫が「猫さんを見てごらんよ。その辺で伸びてるでしょ。もし、電気うさぎが虐待していたら、猫さんは正直で嘘をつかないから、そういう風にノビ~ってならないんだよ。猫さんが教えてくれてるよ。電気うさぎは安全だって」と、言ってくれた事で、巷で言われている「虐待の連鎖」に怯えている私を慰めてもらって・・・

全て、全て、猫さんのお蔭です。

だから、これからも、猫さんと生きていきます。





関連記事
最終更新日2018-11-26
Posted by電子うさぎ

Comments 0

頂いたコメントは公開しておりません。

+++コメント・メッセージ・感想はコチラへ+++

頂いたコメントや感想は、表示いたしません。
ご自由にご記入くださいね
(すみませんが、お返事はしておりません)