減薬→断薬/ ベンゾジアゼピンを減薬開始

電子うさぎ

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私は23で自殺が未遂に終わりました。

自分が自殺を遂行しているという実感が無かったので、未だに「あれはなんだったんだろう?」と思う時もあります。

でも、その当時は毒親という言葉もなかったし、虐待は「無い事」にされていたし、「親は全能という神話」は当たり前でしたから、限界を突破して、単に脳のハードが壊れたんだろうと思います。そうすると、脳のソフト部分も暴走します。

自殺遂行に確固たる理由が、私本人でさえ曖昧模糊でした。

でも、変なんです。

自殺決行を図って、自殺未遂に留まったのは幸いなのかもしれませんが、それまで私は「死にたい」とは一度も思ったことが無かった。

精神科に通院し始めたのは、超長時間労働+サイコパス母からの精神的な虐待+職場環境+金銭面では極貧+サイコパス母から誰かへの嫌がらせが飛び火しないかという恐怖+アトピーのステロイド離脱+元彼の暴力(借金)から別れた等々が重なって、全ての体の器官が異常な状態になったので、内科に行ったのですが、「全てに於いて健康」なので、最後は精神科という場所に行くしかないという状態でした。

そして、精神科で抗精神病薬+精神安定剤+睡眠導入剤を服薬し始めてから3か月後に「なんか分からないけど、この薬を飲めば楽になれる。この青い薬ってすごく綺麗だなあ」と、大量の薬を一粒ずつ口に運んでいる時に、運が良かったのか悪かったのか、久しぶりに私に愚痴ろうと思った友人が電話をかけて来てくれて、「今何してるの?」と普通に聞いてくれて、「あ、今薬飲んでる。楽になるから。」から始まった会話の記憶は途切れ途切れだけれど、最後は「やめなさいっ!」と怒鳴られて「なんで?」と言って、もっと怒られて「元彼でも誰でもいいから直ぐに呼びなさい!」と言われて、まだ分からなくて「分かったから・・・」みたいな会話をしたような記憶がある。

自殺決行は、精神科に通い始めて服薬3か月後の事でした。

最近、よくネットの抗うつ薬や他の処方箋薬の添付文書の中で目にするのですが、「抗うつ薬服用により自殺の可能性が高まる事がある」という注意事項があります。
やっと最近は薬剤の添付文書をネットでも公開し始めてくれたので、「もしかして、クスリが何かのトリガーになったのではないか?」とも思っています。

抗うつ薬+精神安定剤+眠剤を服用する前は、どんなに辛くても、「もう耐えられない」と思っても「死にたい」「楽になりたい」とは思わず、「休んじゃえ」とか、「どこかに逃げたいなあ」と空想したり、どこかでリセットする方法で乗り切ってきていました。

そうすると、「全てから自由になって楽になりたいから薬を飲んだ。結果として、それは自殺決行だった」と考えた方が、辻褄が合います。

「その職場を辞めて、ギリギリでもいいからゆっくり休みながら生活する」というリセットが思いつかなかったのは、それまでの自分の人生で「変」な事でした。

クスリでは解決できない問題をいくつも抱えていて限界だった。

そこに薬を脳に与えたら、今まで自分でなんとかしてきた思考がストップした。

・・・そう考えると、私は「死にたいわけではなかった」と今でも思っている事の説明が付きます。

何年かかっても、自分の問題は自分で解決しようとしてきたし、のらりくらりですが、実際に何とかなっていたんです。

クスリによって、脳がエラーを起こした。脳がバーストしたと考えると、本当に合法ドラッグの怖さを感じて、ゾッとします。




自殺決行が未遂に終わった後、精神科という場所に数か月拘束されましたが、その後も不健康になるばかりだったり、恐怖感や不安感が増幅していくので、クスリの依存だったのかな?と思ったのは、最近です。

十数年、「飲んでも楽にならん」と思い続けて、誰に言われるでもなく「減薬から断薬」という物をしたのは、5.6年ほど前でした。

4種類のクスリを一種類ずつだましだまし抜いて行ったのですが、減薬開始から一年ほど経ってからは「こんなに体が快調なのが普通なの?」と驚いた事を思い出します。

でも、実は、最強のベンゾジアゼピン系睡眠薬(フル二トラゼパム=サイレース)2mgを抜いていません。


前回の精神科処方薬4種類の断薬後も、サイコパス母からの執拗な嫌がらせと、実際のアタック(攻撃)、虐待後後遺症ともいえる恐怖心や不安や恐怖感がなかなかしぶとく残っていたのです。

しかし、サイコ母は「お金を持って地獄行特急に乗った」のが、1週間前ぐらいでしょうか。

これまでにないほど「安心」という物を感じています。


眠るのが怖くなったのが小学校の5年生(10歳ごろ)ですから、随分長い間睡眠に関しては「安全な場所で、静かな環境で眠るのが悲願」という程でした。

ベンゾ系睡眠薬を抜くとしたら、「サイコ母がもう攻撃してこないだろう」というタイミングを狙っていました。


5年程前に減薬から断薬に至る過程も、文字には残していませんが、「一種類ずつ、一番効きが弱いものから徐々にだましだまし抜いていく」というのが、私の減薬のやり方でした。

どれだけ体調が悪くても、やらなければならない事は這ってでもやるとか、そういう精神論はちょっと怖いですが、思い出したくないほど辛くて、でも、なんというか「生き抜こう」とだけは思っていたような気がします。


今、やっとサイコ母が、本当に「サイコ母が一番望んでいたカネを手に入れて、カネで言う事を聞かせれば誰でも自分の駒にできる」と、あっち向けホイっと、向こうを向かせてしまったので、ようやく「寝るのが怖いと感じる状態ではない」「眠っても危険ではない」という状態になって、「そろそろ、減薬の苦しさは耐えられるかな~」って思いました。

生きているサイコ母が、ストーキングとアタックを繰り返す方が、減薬→断薬の恐怖より大きかったのでした。

その、大元の原因と言っても過言ではない「虐待の危険が遠のいた今」、待ちに待ったベンゾ減薬開始のピーッっていうホイッスルが鳴った感じがします。

地味~に減薬していくので、「減薬記」みたいな壮絶な文章を残せるとは、到底思えないのですが、ベンゾジアゼピンの減薬で苦しんでいる人が居て、もし誰かの役に立つのならと思って、たまに書こうと思います。

減薬に関しては、毎日毎日、瞬間瞬間、「私は減薬中、絶対断薬!」と自分にプレッシャーをかけると、抜ける物も抜けなくなってしまう時があったので、「そういえば、この間より薬の量は減っていたなあ」「体調も楽になりつつあるけど、いつからだっけ?」というぐらいのノンビリが、自分で減薬を決めて自分でやり始める人には、大切かもしれません。

減薬があまりにもきつかった時、すこ~し戻して、落ち着いたら、また減らしてという長期戦になりましたので、「少しでも調子がいい時は、何でもいいので何かする。それが出来たら、自分を褒めちゃうっ」という感じで乗り切った覚えがあります。

以前処方されていたのは、SSRIが二種類と、ジプレキサ、デパケンR(抗てんかん薬?)と、精神安定剤だったと思います。

SSRIは、結構つわものなので、最後の最後まで苦戦しましたが、「無理しない」が私のやり方でしたので、「断薬完了日」がいつだったのか、ちょっと分からないのですが、その位、緩やかに減らしていきました。

代替えの薬も使っていなかったです。

ただ、なぜか知らないけれど、あんなに嫌いだったグレープフルーツジュースを1日に1Lぐらい飲んでしまってました。
断薬が完了したら、「あんな不味いもの飲めないよ~!」と言って、夫を驚かせてしまいましたが・・・
ただ、シイタケも毎日食べていたような・・・

なにか、解毒作用でもあるのでしょうか?

内臓もクスリで弱ってましたし・・・


確かに、精神科処方薬が助けになる時もあるのですが、それは「頓服」というか、お守りみたいな感じで、服用しなければそれに越した事は無いと思っています。

私は、ほとんど風邪をひかないのですが、風邪の薬もあまり飲みたくない(眠くなるし、飲まないと不安になるし、飲んでも効かない)人が居るように、できれば、食事や体を動かす事(家事でも雑事でも、自転車に乗ったり、散歩したり)や、充分休養を取って、水分(ミネラルとかビタミンが入ったアクエリアスみたいなスポーツドリンク・粉状の物はそんなに費用も掛かりません)を多めに取って体から悪いものを出してしまうと、楽になるという方が、体に負担が無いのは、誰でも知っている事だろうと思います。

人間の体は、約28日でターンオーバーします。(1日目に何かを摂取したら、28日目には出て行ってしまうという感じ)
ですので、1年ぐらいだと、12回ぐらいは、それを繰り返しているために、体内に蓄積されたものも、1年ぐらいで落ち着き始めて、落ち着いた状態に体や脳が適応し始める・・・という感じなのかなあと思って、以前の減薬を続けていました。

精神科医も大学では、生体生理学は必須だったはずなので、知っていると思うのですが、いざ「稼がなくてはっ」となると、「減薬するって事は、患者が減って儲けが減る」に切り替わっちゃうんだと思います。

そこを、MRが「患者が途切れないように、うまく漬け込む」という売り方や、処方の方法を匂わせる営業をしているので、頭のいい人に漬け込むMR(製薬会社・製薬会社の営業)の方が、一枚上手だったりするのではないかな~って思います。

彼らの頭の中には、「人間としての患者」は居ない状態で、「お金を払う患者」は居るという妙な事になっているような気がしてなりません。

そういう事情は、クスリが体から抜けたら「もうどうでもいいよ。でも、もう二度と飲まないもんね~」とこちら(患者)が決めれば良い事なので、精神科医の処方やMRに対する怒り(減薬中は激昂したり、感情が滅茶苦茶になる時もありました)は、紙に書いて捨てたり、人に見せないように吐き出して、後に残らないようにしておくと、後で楽かもしれません。

ここから、1年か2年後、ベンゾジアゼピンが抜けていたら、非常に楽です。

合法ドラッグの離脱症状の苦しみもなんとか耐えられると思います。(サイコ母の妄執の方が怖かったので)


減薬→断薬に関しては、今はいない猫さんも味方に付いていてくれますし、夫がいてくれるというだけで心強いです。

それに、ひとつ、やりたい事があります。

「長期間の日本国外への滞在旅行」です。その楽しみには、クスリが邪魔なんです。

目の前にニンジンをぶら下げて、ゆっくりやろうと思います。

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最終更新日2018-11-26
Posted by電子うさぎ

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